インスピレーション

最近、太宰治が読み返されているらしい。

だからというわけではないが、たまたま寄った近くの本屋にて目に留まった、太宰治のものがたりを買ってみた。
それは「津軽」という題名である。

実の所、僕がこのものがたりにふれるのは今日が初めてではなく、受験勉強の最中、手当たり次第といった風にこなしていた国語の問題集の題材のひとつに、この「津軽」が採用されていたのだ。

もちろん採用されていたのは、文章の一部ではあったが、読むのが楽しかったのは覚えている。


例によって、この小説がどんな物語で、どういう風に面白いか、などにはふれないことにする。
是非、読んでいただきたいと思うわけである。


さて、この文書の本編の冒頭において、主人公が言った言葉に、すこし同調するところがあった。
すこしアイデアを添えるつもりで、その言葉をのせるのは最後にしたいと思う。


私は昔から、文章を書くのがきらいではなかった。
小さな頃は、少しまともな文書さえ書ければ、教師からおほめの言葉をいただけるわけで、事実、いくらかのコンクールにおいては入選を果たしたこともある。

本を読むのは好きなほうだったから、”まともな”文章を書くことについては、少しの労をも必要としなかったわけである。

そのように、小さい頃は、良かった。

しかし、年を重ねるにつれ、いわゆる年齢によるフィルターがかかってくると、ある”障害”が顔をもたげ始めた。

先にもいったように、僕は本を読むことが好きで、人より少し多めの文章に触れていた。
そのせいだろうか、”きれいな”文書を書くことを当然の課としてしまったのである。

それ自体は良い事なのかも知れないが、文章を書く量が増えるにつれて、そればかりを無意識に追求するようになってしまったことが、その”障害”の正体なのだ。

自らの本心を書くにつけても、憐れ、例の障害が口をはさみ、ダイレクトに文章にすることを許さないのである。
結果、綴られた文章は、飾りによって見かけだけ良くした、あたりさわりのないものにしかならなかった。

文章家はそういった「騙し」をいとも簡単に見破ってしまうから（自らもわずらった障害である）、当然、その頃になると、コンクールなどというものには縁がなくなった。
しかし、それは自分でも分かっていたことであったから、特に不思議はなかったが。


好きなものほど、追いかけようとすれば離れてゆく。
残念なことだが、これは真理に違いない。

書けば書くほど、その文章はなにも語ってくれなくなる。
しゃべればしゃべるほど、言の葉は無口になり、見つめれば見つめるほど、盲目になってゆく。

ものとの距離を、一体どうやって測れば上手くゆくのだろうか。

僕の勘でゆくと、その答えは考えれば考えるほど、分からなくなっていくような気がするのだ。
天性の才能がものをいう世界かもしれない。

最後に例の「津軽」の文章を引用して、終わることにする。


私もいい加減にとしをとったせいか、自分の気持の説明などは、気障な事のように思われて、（しかも、それは、たいていありふれた文学的な虚飾なのだから）何も言いたくないのである。