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日々のニュースについて考えたことを色々と.  少し頭を使う必要があるかもです 

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怖いもの知らずの奴ほど、怖いものはありません。

人の常識を常識とせず、それを「超越した」と形容し、なんのためらいもなく行動を起こす人間を社会はどう処理するべきなんでしょうか。

理性が本能を上回った状態が、自然界にフィットするはずがないと思います。

例えば、「恐怖」を理性によって克服したとしたら、社会を”法”以上に縛っているものから抜け出すことになり、人の社会の常識では処理できない存在になるのではないでしょうか。

人は個性というものを、他の動物以上に有している存在であります。

感情や思想というものが、場合によっては後天的に付け加わり、更にそれぞれが人によって皆異なるわけです。

だからこそ、人の社会は複雑であり、カオスへ向かおうとするのでしょうか。

いずれにせよ、その複雑な社会を縛るものとして”法”が存在するわけですが、しかしそれ以上に強力で根本的な部分に存在するものがあります。


それは、人間の中にある、「動物的に共通な特徴」です。

例えば、”恐怖”であったり、”食べないと死ぬこと”であったり、”車にひかれたら死ぬこと”であったり、、、です。


これらは、複雑に多様化する人間全体を、根本の部分からつなぎ止めているものではないでしょうか。

これがあるからこそ、”法”がその効力を発揮するのです。


ではもし、これらの根本的な支配から逃れた存在がいたとしたらどうでしょうか。

極端な例としては、「不死身」というやつですね。

当然、社会の常識や法では、この存在を処理できないでしょう。


こんな極端な例は存在しないので、考えても意味が無いかもしれません。

しかし、先に述べたように、「恐怖を克服した存在」ならばどうでしょうね。


この例なら存在しそうですが、では、どうやって処理するべきなんでしょうか。


法や常識で防げないとしたら、それ以上の超社会的な方法を探すしかありませんね。

その方法が見つかったとして、それを受け入れるかどうかは、再び議論を呼びそうですが。






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